勉強の話 2017年11月28日|火曜日
勉強の流儀 あらためて鉛筆の持ち方を考えてみる。
私は字を書くことが苦痛でした。
塾の先生なのに自分の書いた字に自信がなかったのです。
黒板の板書にも自信がなく、あまりの下手さに板書したら、すぐ消してしまうこともあり、「板書をすぐ消す先生」と言われたこともあります。
これはこれで、みんな消される前に急いで書いてくれたことで、必死に授業を聞いてくれましたが。
字体も、それまでの自分の書体を捨て、篆書体、隷書体などいくつか試行錯誤しました。
小学4年生の時の担任だった先生は、昭和一桁生まれで戦後まもなくから先生をされている方でした。
その先生がよく好んで出す宿題は、「視写」でした。教科書の本文をとにかく書き写すという宿題です。
この宿題は、休みの前に出されたりするうえ、時間がかかり単調で面白くないので、クラスのみんなは嫌いでした。
私は、今思うとこの宿題は、書いて出すというアウトプットの作業であり、ごまかしが効かず、かつもっともシンプルで、クラスのレベル差も関係のない平等な課題であり、何より文体を習得する上で効果的であったと評価しています。
後年、「奥の細道」を視写する本を買ってなぞり書きするようになるとは、このころは思いもよりませんでした。
私は、長い文を書くと必ず手が疲れ、マメができました。
中学校に上がると「基礎学力テスト」なるものが実施されたときに、英単語を何百と書いて提出するという課題でも、私の苦痛は変わることがありませんでした。
ただし、読書感想文など自分の創造力を刺激する課題については、字を書く苦痛は不思議とありませんでした。
私がかつて創設にかかわった個別指導塾での思い出ですが、校舎長を務める私の校舎で設定されているすべてのコマにほぼ一人で入って授業を受け持ったことがあります。単純に講師の数が足りなかったからです。
そのころ、授業報告書を書く制度があったのですが、すべてのコマに入っている私は、この報告書だけで100枚以上となりました。
SARASAの黒いボールペンでもすぐインクが切れてしまいました。
書く手がマメだらけになり、もうこれ以上書けない、という所まで追い詰められました。
そんな時に、ふとしたきっかけで「万年筆」に出会いました。
調べてみると、司法試験を受ける人は、膨大な論文を制限時間内で解くためには、ボールペンよりも万年筆でなければいけない、という事が分かりました。
万年筆の筆圧は、ボールペンの実に3分の1以下だからでした。
実際に書いてみると、非常に軽い力で書けるのです。
ちなみに愛好家の方は、良い万年筆を表現する時、「ぬらぬらと書ける」と表現します。
万年筆は10年以上書き続けると、その人の癖にあったペン先(ニブ)になりますが、すぐにそのような状態にしたかった私は、東京の大井町にある万年筆のペン先を削る職人の元を訪れました。
夏期講習の合間のお盆休みの暑い日に、探し歩きました。
やっと見つけた小さな工房で、その職人は、笑顔一つせず、「住所と氏名をここに書いてください」と言いました。
そのように従ったら、その人は私の書く手元をじっと見て、何やらメモ用紙で数値などを書き出しました。
おそらく、その数値をもとに私の手癖に合わせて、万年筆のペン先を削り出してくれるのでしょう。
「2週間後に送ります」と言われ、私は工房を後にしました。
届いた万年筆は、なるほどびっくりするくらい軽く書けるものになっており、もはやペン先の感覚が指に直結するようなものでした。
紙の上を走るペン先の微妙な振動がとても心地よいものでした。
字を書くという事は、本当はこういう事だったのだと初めて実感したのです。
以後、私は書くことが一つの楽しみになりました。
ちなみに「知る悲しみ」という言葉があります。
知ってしまったら、もうその前の状態に自分を戻すことができなくなる状態です。
でも、知らなかったことよりも、知ることのほうが幸せだと思います。
万年筆の事を調べていくうちに、持ち方も大事だという事が分かりました。
万年筆では、持ち方が悪いと、すぐペン先がダメになってしまいます。
そこから良い持ち方というのを調べてみました。
マメができたり、手が痛くなるのも、持ち方次第で改善できるのです。
ちなみに「正しく」持って書いている子は、私が見てきた小学生でも実は3分の1程度。
あと3分の1は、すこし我流が入っている、その子の癖が加味されているが、大方影響はないというグループ。
もう3分の1は、ほぼ我流で、字の書き方、スピード、姿勢などに影響が出ているグループ。
ここで、最後のグループの子たちは、私が見ていても、手が疲れるだろう、姿勢が無理になり肩が凝るだろう、長時間の筆記の勉強に耐えられないだろう、結果、勉強嫌いになるだろう、と想像します。
これまで見てきた子で、何人かの子たちに持ち方にこれ以上に問題がある子達がいましたが、学力の伸びに決定的な影響がありました。
しかし、その持ち方に慣れてしまった子にとって、いきなりの矯正は難しいものでした。
たとえ持ち方がひどくても、自然に矯正できるような声掛けをしていくことで、1年というスパンで直したこともありました。
説明をさせていただくと、まず親指、人差し指、中指の3点で持ちます。
この時、2点で持っている子は、非常に書くのが疲れることでしょう。
気を付けてほしいのは、3点で持っていればいいというわけでないのです。
鉛筆を親指と人差し指の付け根に触れさせることと、
手のひらの横の部分を机に接して書くのが、一番バランスがいいのです。
つまり5点です。
5点あれば、力が無理なく分散されます。
手のひらに1枚のティッシュを丸めて薬指と小指で挟んで握ると正しい持ち方の感覚が分かります。
もう一つ注意することは、鉛筆の持つ位置です。
鉛筆削りで削られているところまで持ってしまっている子もよく見かけますが、これは無理な力を使っている場合があります。
削られていない所はもちろんですが、やや高めに持つ方が、軽い力で大きく書けるのです。
これは物理でいう「てこの原理」に似ています。
ちなみに「少林寺三十六房」という香港映画に、「棒の持ち方を少し変えただけで、敵をあっという間に倒す」シーンが出てきますが、まさにこれは、持ち方の場所を変えただけで効果が変わる良い例でしょう。
新しく入塾してくる塾生には特に気をつけます。
はじめて目にする、その子の鉛筆の持ち方、文房具の様子で、私はその子のこれまでの歩み、学習環境のバックボーンを想像するのです。
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