こんな話  2022年2月15日|火曜日

石川県能登半島 北前船の廻船問屋を巡って

毎度、流浪の取材記「おくたび」のお時間がやってまいりました。

今回はこちら。

 

石川県能登半島一周 廻船問屋を巡る旅

2021年の初秋にコロナウィルスが一時収まった頃に巡った取材記です。

 

 

今回のルート

①青の洞窟 (能登半島最北端)

②上時国家 資料館 (平家の末裔と称される北陸随一の廻船問屋の旧家)

③白米千枚田 (日本海の潮風にも負けない日本の原風景の棚田)

④輪島市 輪島塗と伝統芸能「御陣乗太鼓(ごじんじょだいこ)」

⑤大沢 間垣の里

⑥黒島天領北前船の廻船問屋 旧角海家 資料館

⑦ヤセの断崖 (松本清張 著 「ゼロの焦点」クライマックスの地)

 

 

出発は能登半島の先端、「青の洞窟」から。

この先は日本海。

「青の洞窟」では真っ白な「長石」がたくさんあります。

中1理科の地学単元にも無色鉱物として習います。

波に洗われた綺麗な石が浜辺にたくさんあります。

 

入場料と袋代を払うと、波で丸く磨かれたきれいな「長石」が拾えます。

教養堂の資料にいくつか拾いました。

 

かつては京都の禅寺の庭にある枯山水の白砂用にも運ばれました。

すみません。寝ぐせ、ひどいっす。

日本海の風の強さ、強いんです。

 

さて、今回の旅の目的の一つはすでに私のライフワークになりつつある「廻船問屋」の旧家を訪ねることです。

 

これまでも青森県の深浦や鯵ヶ沢、十三湊を訪れました。

歴史では江戸時代の経済を語るうえでとても大事な「廻船」。

特に日本海側には、今では想像つかないほどの大規模な廻船問屋が活躍していました。

 

入試でも頻出事項です。

教養堂では単に知識を暗記事項として扱うのではなく、確かな取材をもとにした立体的な生きた内容として授業で取り上げております。

 

教科書でちらっと言及されている箇所も現地へ行って取材しますし、周辺情報もどんどん入れます。

 

 

まずは800年続く「上時国家」。

平清盛の弟、平時忠を祖とする旧家で江戸時代に廻船問屋を営んでいました。

 

この門構えからすでに威圧されます。

横溝正史の金田一耕助シリーズに出てくるような旧家の構え。

いかにも平家の末裔らしい感じがでています。

画像で見ると、それほどでもありませんが、直にみるとその巨大な建物に圧倒されます。

私が訪れた時は夕方の閉館間近でした。

ひっそりとしていて、時が止まったかのようです。

秋の能登半島がさらに寂寥感を醸し出します。

 

加賀藩のお殿様もお泊りになられました。

立派な神棚が鎮座。

自然を相手にする廻船問屋。

行って帰ってくるだけでも莫大な利益があったそうですが、嵐にあって船ごと木っ端微塵になることもあります。

信心深くなるのもうなずけます。

 

教科書でおなじみの「唐箕」(とうみ)もおいてあります。

 

ずらりと並んだお籠。

 

 

これは貴重です。

明治維新の時の高札です。

 

「御一新」のことが書かれ、最後に「太政官」とあります。

 

輪島市へ向けて一路、海沿いの道を進みます。

途中、千枚田に寄りました。

この一帯は古くから製塩が営まれています。

千枚田のドライブスルーでは「塩アイス」が売られていました。

 

すぐ輪島市へ。

輪島の港近くにひときわ大きな建物があります。

「キリコ会館」といい山車が納められています。

 

その前の広場で毎晩、観光客向けに無料で披露されるのが、

「御陣乗太鼓(ごじんじょだいこ)」です。

 

おそろしいお面をつけた男たちが次々と登場して、

雄たけびをあげながら、

太鼓を鳴らして「威嚇」してきます。

立ち居振る舞いは、戦隊ヒーローものに似てなくもないです。

 

起源は、戦国時代・天正年間。

上越の上杉謙信麾下の軍勢が七尾城を落とした後、

奥能登攻略で輪島に侵攻しました。

 

武器をもたない農民たちが、村の古老の知恵からこのように仮装し、おどろおどろしい出で立ちで、敵を追い払ったというのです。

村人からみればまさにヒーロー。

「七人の侍」を地で行くゲリラ戦法です。

以来それが伝統芸能として今に残っています。

 

雄叫びと太鼓の音でなんだか厄除けされている感覚になって、終わった後に爽快な気分になります。

マオリ族のハカを倍速スピードで見てる感じです。

一度やってみたいな。

 

輪島市で一泊。

翌朝早く、輪島の朝市をぶらり。

柚餅子(ゆべし)を購入。

教室のお土産に。

 

 

午前中は一路、海沿いの道を走ります。

いかにも能登半島ぽい風景です。

断層のあとが面白いです。

海に向かって斜めに進む地層が見られます。

「おくたび」は歴史の史跡巡りをしつつ、地学の地形も漏らさずチェックしています。

 

こちら、大沢地区の「間垣」です。

「間垣」は竹を割って隙間なく並べた垣根で高さ5mはあります。

日本海の冬の季節風から村を守り、夏は西日をさえぎる効果があります。

 

 

 

 

天領(幕領・幕府の直轄地)だった黒島地区に入りました。

江戸時代からの廻船問屋を中心とした古くからの建物が現代まで保存されている貴重な街並みが見られます。

 

 

2007年に起きた能登半島地震でかなり被害があったそうですが、地元住民のご尽力によりすぐ復興されています。

 

集落の野良猫に遭遇。

全く動じません。

見知らぬ来訪者にも我関せず、泰然自若、悠々自適。

さすが、天領の猫。

 

しばし静かな街を散策。

静かな路地裏。

微かに海の波音が聞こえます。

北前船(西廻り航路)の廻船問屋を営んでいた、旧角海家住宅が資料館となっています。

資料館のボランティアのお爺さんが懇切丁寧にガイドしてくださり、すべて一緒にまわってていただきました。

 

おじいさんがご結婚された折、こちらの角海家からお借りした披露宴用の輪島塗りの朱塗りの食器をお使いになったそうです。

この辺りは皆さん、そうされていたそうです。

やや高い離れの小部屋。

窓がありますね。

ここから北前船の到着を真っ先に確認していました。

窓から一望。

海に白帆の船が来たことがすぐに見られます。

船が見えるということは、無事帰ってきたことの証。

ほっとするひととき。

そして富ももたされます。

船からの荷物をすぐに引き上げやすいよう、道も広く取っていまさす。

メキシコまで流されることもありました。

無事帰国できた者もいました。

ジョン万次郎みたいな人は他にもいたんですね。

使用人もたくさんいました。

味噌蔵も大きいです。

 

最後にいかにも日本海らしいところに着きました。

ご存じ「ヤセの断崖」です。

 

松本清張の初期の傑作推理小説「ゼロの焦点」でクライマックスに登場する崖です。

崖の中の崖。

ぐっとくる崖。

まさに「ぐっとクリフ」です。

この辺りで追い詰められた真犯人が冬の日本海に身を投げます。

手前に、船越英一郎がいるようです。

 

旅の最後が「ヤセの断崖」で終わるのも乙なものです。

「おくたび」、今日はこの辺でお開きです。

KEYWORDS

お問い合わせ

top