こんな話  勉強の話  2020年11月15日|日曜日

岩手県 平泉 中尊寺金色堂を訪ねて 中3国語 夏草-「おくのほそ道」をゆく

五月のおくのほそ道

2016年5月の連休に、

松尾芭蕉が歩いた「おくのほそ道」のルートを1週間かけて逆回りにめぐりました。

 

「おくのほそ道」の終点、岐阜県大垣市「結びの地」からスタートする「ぎゃくのほそ道」で、日本海に沿って北上し一路、中尊寺を目指します。

 

江戸時代のような徒歩の旅というわけにはいかないので、オートバイで行きました。

 

 

岐阜県大垣市

結びの地

 

蛤の ふたみにわかれ 行秋ぞ

 

富山県富山市

魚津

新潟県糸魚川市

長岡市

・河井継之助記念館

・山本五十六記念館

弥彦神社

弥彦温泉の旅館に一泊。

夕食でいただいたご飯が美味しい。

柏崎

坂の途中のスタンドで名物「サバサンド」。

出雲崎

 

荒海や 佐渡によこたふ 天河

 

山形県酒田市

 

暑き日を 海に入れたり 最上川

 

月山

 

五月雨を あつめて早し 最上川

雲の峰 幾つ崩れて 月の山

 

立石寺「山寺」

 

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

 

宮城県 松島

観光客の渋滞でたどり着けず、あきらめて通過。

岩手県一関市

名物 「一口もち膳」いただく。

夜、ジャズ喫茶の最高峰 『喫茶ベイシー』に寄る。

平泉

中尊寺金色堂

 

 

 

 

平泉

 

三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたにあり。

 

秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す。

 

芭蕉と同じく金鶏山に登りました。

「登る」というより「上る」方が正しく、小高い丘のようでした。

標高98.9m

 

 

奥州藤原氏の信仰の山。

雄と雌の黄金の鶏を埋めたという伝承があります。

 

金色堂もそうですが、何かと金にまつわるものが多いです。

 

5月の霧雨の中、かろうじて金鶏山から見える衣川。

サクラが葉桜に変わる頃。

墨絵のようです。

 

 

 

まず、高館に上れば、北上川 南部より流るる大河なり。


衣川は、和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落ち入る。


泰衡らが旧跡は、衣が関を隔てて、南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。

 

 

 

 

 

源義経 終焉の地とされる「高館義経堂」は小高い丘の上にあります。

 

高館から北上川を見ました。

北上川が滔々と流れています。

 

 

 

さて、問題です。

北上川の水流の方向はどちら向きでしょう。

 

(ア) 画面左から右 岩手県から宮城県へ

(イ) 画面右から左 宮城県から岩手県へ

 

 

 

 

答 (ア)

 

北から仙台平野へ流れます。

もっともその北のことを南部と言います。

旧南部藩(岩手県)から。

 

 

源義経公。

終焉の地としては、もの寂しいです。

京から都落ちして、ここまで逃れ逃れて来たのかと。

 

本当は生き延びて、本州の北端、竜飛崎から密かに津軽海峡を渡り、蝦夷地に上陸。

さらに宗谷海峡を越え、ユーラシア大陸へ。

騎馬軍団を編成し、名をジンギス・カン(チンギス・ハーン)とあらため、

大草原を駆けめぐり、モンゴル大帝国を作った。

 

後に子孫の代になって、鎌倉幕府を倒すため元寇として攻めて来た。

 

想像は尽きません。

 

 

さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時の叢となる。

 

国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、

 

笠打敷きて、時のうつるまで泪を落としはべりぬ。

 

 

夏草や 兵どもが 夢の跡

 

卯の花に 兼房みゆる 白毛かな    曾良

 

 

 

 

こちらの写真をご覧ください。

中尊寺に入る道の入り口交差点です。

眼前がいきなりモノクロの世界になりました。

目が悪くなったのでは?と驚きます。

 

これは白黒写真ではありません。

右の信号機が赤いのがおわかりでしょうか。

 

前方のコンビニエンスストア、そして後方の自動車販売店。

いずれも看板がモノクロになっているのです。

 

世界遺産の地ですから、華美な看板は控えているのです。

 

雨の中、ようやく中尊寺に到着。

 

 

 

 

かねて耳驚したる二堂開帳す。


経堂は三将の像をのこし、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。

 

七宝散うせて、珠の扉 風にやぶれ、金の柱 霜雪に朽て、

 

すでに頽廃空虚の叢と成なるべきを、

 

四面新たに囲みて、甍を覆いて雨風をしのぐ。

 

しばらく千歳の記念とはなれり。


五月雨の 降りのこしてや 光堂

 

 

 

中尊寺前の駐車場からバイクを置いて、

少々歩くと金色堂に着きます。

 

松尾芭蕉の頃とは違い、コンクリート製の新しい覆堂(おおいどう)です。

 

この中に、金色に輝く金色堂がガラス壁面に囲まれています。

 

奥州藤原三代の栄華がしのばれます。

 

 

 

 

「旧覆堂」

金色堂を雨や雪、風から守ってきた以前の覆堂です。

 

 

「経堂」

 

五月の新緑が、雨にしっとり濡れて、目に映えます。

ずっと霧雨の中の訪問でしたが、芭蕉の句でも五月雨がよくでてきますので情景としてはぴったりです。

 

 

 

松尾芭蕉の銅像

少々お疲れの様子でしょうか。

 

 

月日は百代の過客にして、

行きかふ年もまた旅人なり。

 

 

 

時空を超えた旅

1189年 奥州藤原氏と源義経の時代

1689年 松尾芭蕉 おくのほそ道の時代

2016年 今回の旅(ぎゃくのほそ道)

 

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