本の紹介  2018年2月26日|月曜日

『昭和史発掘』

教養堂の棚からひとつかみ、今回はこちら。

 

「昭和史発掘」シリーズ  松本清張 著

 

作家 松本清張が昭和初期に起こったさまざまな事件を取り上げたノンフィクション作品のシリーズです。

昭和の特に戦前の事件を取り上げています。

この作品には機械を分解して検証するような展開図のような淡々とした視点があります。それは生々しい昭和初期の事件にあって、冷静に全体像を把握することに役立ちます。

 

 

二・二六事件 以前と以後

そしてこの昭和初期の事件の数々が、やがて日本を揺るがす大きな事件、二・二六事件へと結びついていくのです。

昭和初めからこの事件までの流れは非常に説明が難しいです。

二・二六事件以降は世界史の中での日本の歩みを追う事になるのですが、二・二六事件以前は国内の状況を知ることが必要です。

歴史の授業でも注意して扱わないと、結局出来事の羅列で終わってしまうのです。

 

 

明治以来の薩摩長州藩閥の組織をぶっ壊す

このシリーズを読むと一見複雑に絡み合った事件が、人間模様を中心にすっきりと浮かび上がります。

明治以来の陸軍部内の硬直した薩長閥打倒を目指した、革新派のリーダー永田鉄山率いるグループの下剋上の人間ドラマと見ると分かりやすいのです。

当時の若手主要メンバーで薩長閥打倒の秘密会議が行われました。

これが1921年(大正10年)のバーデンバーデンの密約というものです。

 

 

戦前の昭和を知るには永田鉄山の人脈を追っていく

その後、永田鉄山を中心として結成されたグループがいわゆる統制派と呼ばれるもので、この中に満州事変の計画を立案した石原莞爾がおり、その部下にあたる武藤章が盧溝橋事件(日中戦争の発端)の時の参謀です。また真珠湾攻撃の時の首相東條英機も同じグループでした。

 

 

対抗したのが薩長閥の流れを組む皇道派で、このグループの青年将校たちが二・二六事件を起こしました。皇道派は永田より一世代上の将官クラスと永田より一世代下の尉官クラスが結びつきました。つまり中堅佐官クラスを飛び越えたのです。

その前に、すでに永田鉄山は1935年に皇道派の将校によって殺害されており、権力闘争が激化していました。その中で起きたのが二・二六事件だったのです。

 

統制派はこの事件を徹底的に弾圧して、皇道派に連なるグループを排除します。

これが、教科書に書かれてある二・二六事件後に軍部が台頭する、という説明になるのです。正しくは軍部の台頭というより、統制派の台頭と見た方が良いのです。

統制派が主導した統制経済は、戦時経済と見られがちですが、じつは戦後の復興経済の仕組みにも流用されました。ここは戦前と戦後が連続しています。

 

永田鉄山 という人は昭和の陸軍の中でも傑出した人だったようで、軍部だけでなく官僚や経済界にも人脈があり、生きていたらまた歴史が変わっていたと感じさせる人です。

松本清張はこの本の中で、永田が生きていたら、薩長閥を追いやり、陸軍部内に永田を中心とした巨大な派閥グループができあがったことだろう、と推測しています。

 

 

 

二・二六事件によって失われた良識派

最後に、二・二六事件で暗殺された人に陸軍大将で教育総監だった渡辺錠太郎という人がいます。

この人は愛知県小牧市の出身です。

陸軍軍人の中でも非常に教養人と知られ、いつも丸善から大量の書物を取り寄せていた読書家でもありました。統制派からも皇道派からも距離を置いた中道の良識ある人でした。

裕福ではない農家出身で、学力が認められて士官学校に推薦されます。元老山縣有朋の副官を務めたこともあります。そのあたりに現実的に物事を判断する素養を学んだと思います。

皇道派の過激な主張を牽制する演説をしたのが、狙われてしまう要因になります。非常に残念です。

 

 

追記

NHK Eテレ「100分de名著」で2018年3月は「松本清張スペシャル」と題して、政治学者の原武史氏を指南役として、松本清張の代表作「点と線」「砂の器」「昭和史発掘」「神々の乱心」が紹介されました。

「昭和史発掘」の新たな発見から松本清張は20年後に「神々の乱心」を書きました。

惜しくも最後の作品になり未完となりました。

平成から次の時代に変わる節目の時代にもう一度、この作品をあらためて読み直したくなりました。

(2018年3月7日追記)

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