こんな話 2026年10月25日|日曜日
屋久島縦走 宮之浦岳-永田岳-鹿之沢-縄文杉

202年10月中旬、念願だった鹿児島県の南の離島、屋久島に行きました。
ここは1993年に世界自然遺産に指定された手つかずの原生林や独自の生態系がある島として有名です。
特に樹齢数千年という「屋久杉」が島にはいくつも存在し、島の中央部にある「縄文杉」が象徴的な屋久杉として有名です。
実際にこの目で見ておきたいと思い、本格的な登山の準備をして行きました。
4日分の食料と行動食でザックの重量は14kg。
ただ屋久島は至る所に湧水があるので水分は必要最低限の量ですみます。

屋久島縦走ルート
宮之浦港 到着
バス
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「紀元杉」
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「淀川登山口」
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1泊目 「淀川小屋」
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湿原「花之江河」
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九州標高第1位 「宮之浦岳」 (標高1936m) 登頂
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九州標高第2位 「永田岳」(標高1886m) 登頂
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「ローソク岩」 屋久島北西部 下山
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2泊目 「鹿之沢小屋」
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登り返し 「永田岳」
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3泊目 「新高塚小屋」
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「縄文杉」
「大王杉」
「ウィルソン株」
「三代杉」
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「荒川登山口」
下山
↓
バス
↓
ヤクスギランド
安房
屋久島は無人の小屋が山中にいくつもあり、シュラフ(寝袋)と自炊の準備があれば雨露をしのげます。
ただし小屋にはネズミが出没するので、食料などはかならず密閉して床に置かず紐で吊るしておく必要があります。
寝ている時に顔の上をネズミが通ってくこともあると聞かされたいたので、かなり用心していましたが10月中旬の涼しさではネズミは現れませんでした。
ネズミといっても屋久島の固有種で「ヤクシマヒメネズミ」という可愛いネズミです。

鹿児島港からジェットフォイルで屋久島へ。
ようやく見えた島影は、海岸から一気にせり上がる山容を有しており、いよいよ来たなという興奮と無事帰れるのかという緊張感の半々の感情が湧き起こりました。
一日に2本しかない登山バスで終点の「紀元杉」まで。
バスの車内は私と同じくこれから屋久島の核心部に分け入ろうとする登山客の人たちで満席。
おそらく初日に泊まる山小屋「淀川小屋」にほとんどの人が行くのだろうと思われます。

途中の林道で、屋久島の固有亜種の「ヤクシカ」や「ヤクザル」に出会います。
バスの運転手が気を利かして少し止まってくれました。
このシカやサルたちはこの後、なんども出会うことになりました。

樹齢3,000年の「紀元杉」
これでも「縄文杉」よりは小ぶりですが、その巨大さに圧倒されます。
ずっと見ていても飽きません。
圧倒的な存在感とエネルギー。
そしてなぜか温かさも感じます。
離れたくない、いつまでも居たい気持ち。
私より前にこの大木を眺めていた女性は両手を合わせてお祈りをしていました。
日が暮れる前に小屋に着かないといけないので名残惜しいですが先を急ぎます。

「淀川登山口」
ここから3泊4日の屋久島縦走が始まります。

さすがに世界遺産地域。
登山道も一般ルートは整備が行き届いています。

屋久島は各小屋にトイレはあるのですがそれでも数は少ないです。
そのため「携帯トイレ」というものを持参して山に入る必要があります。
私は今回3個用意しました。
大でも小でもその袋に入れた後、凝固剤で固体化します。
自分で排出したものは持ち歩いて下山後に専用の回収箱に入れます。
これは北海道の利尻山でも同じで、秘境に入る鉄則です。
最も最近はバイオトイレという循環型のトイレも整備されていて便利になりました。

夕刻、ほどなく最初の山小屋「淀川小屋」に着きました。
そこまで混んではいなく、ゆったり使えました。
小屋の近くに湧き水があるので、そこで水分補給をして自炊。
今晩は炊き込みご飯に鯖の煮つけ、その他おかず。
珈琲を淹れ、しばし屋久島の森の中の宵を楽しみます。
19時にはシュラフの中に潜り込みましたが全く眠れず。
翌朝はまだ暗いうちに準備し、5時に出発。

このように大きいな石にとりついた植生が上を目指して伸びています。

そして朽ちた木の幹から苔がびっしりと生えています。
屋久島は1か月で40日雨が降ると言われるくらい多湿なので、苔の天下なのです。
幸い、今回の山行で雨に降られたのは最終日のみで天候には本当に恵まれました。


このような巨石、奇岩が至る所に転がっています。

屋久島では島全体がスポンジのような感じで至る所に湧き水が出ています。
最低限の水分をもって、その都度湧き水を汲めば十分な水分補給になります。
心配な人は煮沸したり浄水器を持っていくようですが、私はそのまま飲んでも全く問題ありませんでした。
とにかく水がおいしく、
超軟水で水が柔らかいです。

昼頃、ようやく宮之浦岳山頂に到着。
天気は最高。
360°オーバービュー。
陽射しが照りつけ真夏のような暑さでした。
雲海も眼下に見えます。
九州最高峰がこの屋久島にあるのが驚きで、いかにこの島が険しい山々でできているかを実感します。
ここからもうひとつの峰「永田岳」に向かいます。
いよいよ屋久島の核心部へ。
登っては下っての連続です。
こちらの「永田岳」のルートは一般登山道からやや離れます。
一気に登山客がいなくなり少々不安になります。

屋久島で標高第2位の「永田岳」。
ここから屋久島の北部が見渡せました。
島が見えるのは「口永良部島」です。
港も見えます。

「永田岳」をさらに西側に下ると全く登山客の姿がなくなりました。
ついに一人になりました。
陽も陰っており日が暮れる前には次の小屋「鹿之沢小屋」に着きたいものです。
近年、「鹿之沢小屋」を含む「花山歩道」は一般ルートより登山客が少ないとのことでした。
道に迷うリスクもありやや緊張しながら進みました。
しかし登山道はしっかりありよく見ると登山靴の足跡がありますのでやや安心しました。
その後、下り道を進むと、登山道の先に誰かゆっくり歩いている影が見えました。
おお!
やっと人に出会えた。
もし追いついたら声でもかけてみましょうか。
ところが、よーく見ると、
その「人」は、
……サルでした。
屋久島の固有亜種のヤクザルです。
いかにも昼下がりに近所のお婆さんがノコノコ散歩しているような感じなのです。
おそらく母猿でしょう。
その時、ヒトとサルの遺伝子の近さを実感しました。
そして、この屋久島で人間以外なら最も近しい存在はサルなのです。
シカよりもずっと近しいのです。
屋久島で困ったら、サルに相談するか……。
その後、登山道をさらに下ると「声」がしました。
あれ?
どこかで子どもが遊んでいる声がする?
これはやはり子ザルの鳴き声でした。
すると四方八方でサルのキーキーという声が響き渡りました。
みると横に大きなサルがいて私の方を見ています。
これは警戒されているのか、それとも歓迎されているのか?
静かに素通りしました。
サルの群れに囲まれたらおそらく勝つ気はしません。

これは翌朝、同じ道を再び通った時に岩の上でのんびり毛づくろいするサルの親子です。
日向ぼっこしながらのんびりと岩の上で遊んでいます。

これは「ローソク岩」と言われる岩です。
この後から急な崖の連続で、ロープ場・鎖場を経てようやく2泊目の「鹿之沢小屋」に着きました。

森の中にぽっかりと空いたわずかな平地に石造りの小屋。
今日はここで一人かなと思って扉をあけたら、先客がいらっしゃいました。
その方は年配の男性で種子島のご出身、年に2回は屋久島の山々を歩いているというベテランの方でした。
おかげで小屋の中で屋久島のいろんな話を伺いました。
「上でサルに会いましたよ」というと、
屋久島の登山道ではサルの群団(軍団)が登山道を封鎖して登山客にエサを要求することがあると教えていただきました。
環境保全のため動物にエサをやってはいけないので、どうするかというと、
小石を拾って、ポケットからさも食料のようにみせかけて横に投げるんだそうです。
するとサル群団は一斉にその石を拾いに動くので、サッと道が開くという訳で、さすがサル知恵も人間には及ばないかと納得しました。
「朝三暮四」を地でいくような話。
夜、近くの沢に水を汲みに行きました。
当然あたりは真っ暗でヘッドランプ必携です。
沢は20mほど先ですが、ちょっと気を許すとすぐ遭難するような森林地帯です。
ふと夜空を見上げると、満天の星空に天の川がきれいに見えました。
翌朝、私は元来た道を今度は登り返して一路、縄文杉方面へと歩を進めました。
途中、ヤクシカとも出会いました。


晴天に恵まれとにかく陽射しが強いので、このような巨石の間で一休み。
涼しい風が通って気持ちいいです。
午後の早い時間に「新高塚小屋」に着き、3泊目。
もう明日は下山です。
翌朝は雨。
ところが少しずつ雨足は弱まり止みました。
雨はやみましたが、森一面霧に覆われました。
これは神秘的でいかにも屋久島らしい幻想的な天然のミストの中を歩くことになりました。

ついに「縄文杉」にたどり着きました。

すでに柵があり容易に近くまで近寄れませんが、それでもこの威風堂々たる杉。
森の主にふさわしい神々しさ。
折よくこの立ちこめた霧もその姿をより際立たせていました。

手前の朽ちた株にも新しい芽が出ています。
森が常に再生しています。
樹齢何千年という大木もあれば、今年芽吹いた若い杉もあります。


「ウィルソン株」
戦国時代に切り出された巨木の跡。
切られずに済んでいたらさらに大きな大木として君臨していただろうと思います。
中国の古典「荘子」に大木に関する逸話を思い出します。
石(せき)という棟梁が斉の国を旅したときのこと、ある所で巨大な櫟(クヌギ)の木が神木として祀られていた。
その大きいこと、木陰に何千頭もの牛が憩うことができる。
幹の太さは百抱え、高さは山を見下ろすほどだった。
この大木を一目でも見ようと、わざわざやって来る者がひきもきらず、あたりはさながら市場のにぎわいである。
石の弟子たちも息を呑んで見入った。
ところが石は目もくれないで通りすぎてしまう。
ようやく追いついた弟子たちが、
「親方、今までこんな立派な材木を見たことがありません。それなのに目もくれようとされないのは、どういうわけですか」
と声をかけたところ、こう答えた。
「生意気なことを言うな。あの木はなんの役にも立ちはせん。舟をつくれば沈んでしまうし、棺桶をつくればたちまち腐ってしまう。あんなに成長できたのも、もとはと言えば、無用だからである」
さすがに棟梁だけあって見るべきところはしっかりと見ていたのだが、その棟梁が家に帰ってからのこと、夢に現われた櫟の霊に、こう言ってやりこめられたという。
「人も物も、みな有用であろうとして命を縮めている。だが、わしは違う。今まで一貫して無用であろうとつとめてきて、遂にそうなりきることができた。おまえのように、有用であろうとして命を縮めている者とはわけが違うのだ」
守屋洋 著 「世界最高の人生哲学 老子」から「荘子」の逸話を抜粋


いくつかの巨木に出会い、いよいよ終わりに近づきました。
昔、木材を運んでいた軽便鉄道(トロッコ)の線路をたどり下山します。

屋久島は世界遺産だけあって、登山客の中には外国人観光客もたくさん会いました。
もはや日本の一つの島の森ではなく、世界の中の貴重な森なのですね。

下山して一泊後、フェリーでいよいよ屋久島を去ります。
甲板で横になりながら潮風に吹かれて疲れを癒します。
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