こんな話 2026年4月14日|火曜日
小3国語「わたしと小鳥とすずと」山口県長門市 金子みすゞ記念館を訪ねて
春休みに山口県を訪れました。
山口県出身の詩人を巡る旅をしました。
俳人で無季自由律俳句で有名な
種田山頭火(1882-1940)
フランス象徴派詩人で
中原中也(1907-1937)
そして幻の天才童謡詩人と言われ、没後半世紀ののちに再評価された
金子みすゞ(1903-1930)
こうしてみると、山口県を代表する三大詩人は同時代にそれぞれ活動していたことになります。
大正デモクラシーの時期を経て、昭和初期に相次いで不遇の中でなくなっています。
種田山頭火記念館は防府。
中原中也記念館は湯田温泉。
金子みすゞ記念館は長門市仙崎。
それぞれ記念館を訪れました。
今回は、金子みすゞの記念館をご紹介します。
現在、小学3年生の光村図書の教科書などに掲載されている金子みすゞの詩は、1996年(平成8年)から採用されました。
それ以前はまったくの幻の詩人ということで一般的に知られることはなく、半世紀を経て再評価が進み教科書に掲載されるようになりました。

26歳という若さで亡くなったということと、生前に1冊も詩集が出ていなかったということで、知る人ぞ知るという幻の詩人。
時は大正デモクラシー華やかりし頃に、雑誌「赤い鳥」などに童謡詩が載ったことぐらいで、まったく歴史の闇に埋もれてしまっていたのです。
2011年の東日本大震災で、テレビのコマーシャルが自粛になった時に代わりに繰り返し流されたのがACジャパンの広告で、「こだまでしょうか」の詩でした。
これが一般的には金子みすゞの詩が世に知られることになりました。
金子みすゞは生前、生まれ故郷の山口県 仙崎と下関に足跡があります。
仙崎は現在の長門市の一部で、日本海に面した漁港です。
山口県では下関に次いで水揚げ高があります。
かつて江戸時代には北前船の西回り航路で栄え、イワシ漁やクジラ漁で盛んでした。

下関から山陰本線の各駅停車で2時間ほど。
車窓の日本海の浜辺がおだやかです。
長門市駅についてから仙崎線で1駅。
今では懐かしい、貴重なキハ40系 1両編成。

駅前から伸びる1本道は今では「みすゞ通り」となっています。
この道をゆっくり歩くこと3分ほどで記念館に着きました。

私がぶらぶら散策していると、学校帰りの小学生の男の子たちが向うから元気よく挨拶をしてくれました。
感動しました。
観光客にやさしいです。

「金子文英堂」という看板がありますが、これは生家が仙崎で唯一本屋を営んでいたからで、この本屋を模した記念館という趣向です。
当時のままの佇まいです。

女学校時代のみすゞさんがお出迎えしてくれました。
学年代表を務めるなど成績優秀。
学内の同人誌などで詩も発表しており、早くから創作を始めていた文学少女でした。

2階にあがると、みすゞが使っていたであろう部屋と文机などが復元されています。


隣接している記念館には、生い立ちが分かるミニシアターや詩の紹介などがあり、どっぷりと詩の世界に入り込めました。
街並みは歩いて廻れます。
みすゞの詩には近所のお店を題材にしたものも多く、現役でお店を続けられているところも今もあります。
その店先にはそれぞれの詩が掲げられてあり、まるで金子みすゞワールドに入ったかのようです。
金子みすゞの銅像。

26歳という若さで一生を終えた金子みすゞ。
今でも仙崎の街並みのそこかしこに、みすゞの詩が染み渡っているかのうようです。
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