本の紹介  2018年4月15日|日曜日

『シェーン』

今回の教養堂の棚からひとつかみは、本ではなく映画を取り上げます。

 

 

『シェーン』 1953年 米映画 監督 ジョージ・スティーブンス  主演 アラン・ラッド

 

先日、NHK BS プレミアムでデジタルリマスターされた映画「シェーン」が放映されていましたので、録画して見ました。

真に「名画」と呼ばれるにふさわしい映画です。

 

単純な西部劇ではなく、ワイオミング州の既得権益を持つ「牧場主協会たち」と、新興移民の持たざる「開拓農民」たちとの対立を背景に物語が進みます。

そこに流れ者の「シェーン」がふらりとやって来ます。

初め、シェーンは遠くからぼんやりとシルエットしか見えません。カウボーイハットをかぶっているので、余計に見えません。

カメラの視点は、スターレットの息子、少年ジョーイの視点ですから、さらに低いローアングルです。

この映画全般に漂う、シェーンへの憧れ感から、何歳になって見ても、なぜか「シェーン」は自分より年上に見えてしまいます。

 

映画の教科書

この映画から数えきれないくらいオマージュを含んだ映画が生まれました。今、思うと「ああ。あそこの場面か。」となり、理解が深まります。

個人的に思い浮かべてみると…

 

黒沢明 監督の「用心棒」と「椿三十郎」

小林旭 主演の「ギターを持った渡り鳥」

山田洋次 監督 高倉健 主演の「遥かなる山の呼び声」や「幸せの黄色いハンカチ」、ある意味「寅さん」もその系譜。

マイケル・チミノ監督の「天国の門」

宮崎駿 監督の「ルパン三世 カリオストロの城」

「水戸黄門シリーズ」

 

これらの映画は「シェーン」のオマージュではありながら、さらに別の領域へと完成度を高めています。

そしてさらにこれらの映画から影響されたフォロワーもたくさんありますから、まさに映画の教科書と言えるのが『シェーン』です。

 

シナリオとタイマーで2回目を見る。

さて『シェーン』では構成にも注目してみます。

2回目に見るときは、シナリオを意識してみるようにします。また映画の進行をタイマーで測ります。

やはり120分の映画でしっかりとしたプロットが構成されているのが分かります。基本構成である1:2:1の時間配分を守って、神話と同じ主人公の試練が課せられていきます。

 

【冒頭30分】 おおよその状況説明がなされます。敵対関係や人間関係が説明されます。

 

【中間60分】 中間部分にもさらに細かい場面に分かれます。前半は酒場での、シェーンとスターレット VS. ライカー一家の喧嘩シーン 前半の最大の見せ場。後半は開拓農民たちの暮らし。そしてスターレット夫人とシェーンの微妙な関係。

 

【後半30分】 後半の冒頭に決定的な事件が起こります。これは主人公たちが敵に立ち向かわなければいけない状況のプロローグです。

 

【最後15分】そして物語は進行して行き、ついにはシェーンが一人で立ち向かっていくところから一気にクライマックスに入ります。またこの15分でほとんどの伏線が回収されます。「水戸黄門」ではここで「葵の御紋の印籠」が出てきます。

 

【完結5分】 最後の5分で勝負がつきます。

 

【最後1分】 シェーン去る。「シェーン、カンバック!」

 

 

現代への指摘

今でもすごいと思うのは、典型的な西部劇と思いきや、社会的なテーマを随所に取り上げている点です。

・同じ移民でも前に来た人と新しく来た人の対立の問題。 (アングロ・サクソン系と東欧系移民)

・アメリカの西部開拓史の有名な1892年ジョンソン郡戦争を象徴的に取り上げる。

・「持てる者」と「持たざる者」との価値対立

・銃の規制問題

・個人と家族の問題

・大人と子ども

・過疎化と地域復興

・享楽と勤勉

 

など、たくさんの課題点をこの映画は指摘しています。

それがすばらしいシナリオの中に織り交ぜられています。

今回はごく一部の紹介でしたが、ほかにもいろいろ伏線などがあって何回みても発見があります。   

 

「残るもの」の価値観

さて、「時代に残る映画」と「時代に残らない映画」の違いとは何でしょうか。

これは本にも言えますし、音楽や絵画、身の回りの物にも言えることです。

「シェーン」のような不朽の名画とそうではない映画の違いとは、どこにあるのでしょうか。

 

私は塾で子どもたちと一緒に勉強する中で、いつまでも残りつづけるものとは何かを考えて行きたいです。

勉強についても、すぐ消えるものではなく、一生残る勉強、学習というものにしていく内容でありたいと願っています。

子どもたちには「残るもの」の価値観を持っていてほしいです。

 

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