本の紹介 2025年1月12日|日曜日
『世界の辺境とハードボイルド室町時代』未来は僕等の背のうしろ
日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後回し」という言葉がそうです。
でも、その逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々のことを考えて……」とか、「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。
現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり「後ろ」、背中側だったんです。
これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手に取って見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。
つまり、中世までの人たちは、背中から後ろ向きに未来に突っ込んでいく、未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいくような感覚で生きていたんじゃないかと思います。勝俣さんの論文によると、過去が前にあって未来は後ろにあるという認識は、世界各地の多くの民族がかつて共通してもっていたみたいなんです。
ところが、日本では16世紀になると、「サキ」という言葉に「未来」、「アト」という言葉に「過去」の意味が加わるそうです。
それは、その時代に、人々が未来は制御可能なものだという自信を得て、「未来は目の前に広がっている」という、今の僕たちがもっているのと同じ認識をもつようになったからではないかと考えられるんです。神がすべてを支配していた社会から、人間が経験と技術によって未来を切り開ける社会に移行したことで、自分たちは時間の流れにそって前に進んでいくという認識に変わったのかなと思います。

『世界の辺境とハードボイルド室町時代』
著者 高野秀行 清水克之 対談
発行 集英社インターナショナル
初版 2015年8月
この本を読んで、思わず合点がいきました。
中世までの人は、「未来」は背の後に感じていて、「過去」は目の先に感じていたという説。
いわゆる勝俣鎮夫氏の〝バック・トゥー・ザ・フューチャー〟理論です。
目標や将来の夢に向かって最短・最適解・コスパ重視で子どもたちに教育や指導をすると、どこかに偏りが生じてしまうのではないかと危惧します。
逆に可能性の種を摘んでしまうこともあります。
最初から「かっぱえびせん」はなくて、戦後、瀬戸内海あたりに「小エビ」が良く採れ、近くに「塩田」があり、進駐軍から「小麦粉」が安く手に入れ、揚げ物をする「鍋」と「油」があって初めて「かっぱえびせん」なるものができるわけです。
そしてそこから「揚げ物」の菓子を芋づる式に試行錯誤して「ポテトチップス」が生まれたという。
未来を子どもたちが描く時に、自分の人生を賭けて何ができるのか、何をしたら一番自分が輝けるのか、まずはそんな気持ちを大事にすると、ある日、背中の後から突如後光が射して、未来への風景が広がるかもしれません。
中世の時間感覚から思いを馳せてみました。
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