こんな話  2017年12月12日|火曜日

教養堂の源流Ⅲ

教養堂を設立するにあたり個人的なもう一つのテーマというべきものがあった。

戦後、GHQの改革によってあっけなく消え去った旧制高校の教養主義を復活できないだろうか、というものである。

21世紀の今日では時代錯誤もはなはだしいと笑われるかもしれない。

現代とは状況も違うが、エッセンスを取り入れられないかと模索している。

というのは、現代は高度情報社会からAI時代に入り、ポストモダンからさらにどこへ向かっていくのかと思考した時、現代の価値相対化した時代には、確かな教養を身につけることで確固とした判断ができると思ったからだ。

 

そんな時、旧制高校で教えられた基礎教養の教育システムの良い所は良い所として受け継ぎたいと考えた。

 

旧制高校の教育を再現するわけではなく、教育の指針の一つに取り入れたいというものだ。

音楽を聴くときにCDやネットよりもアナログレコードの方が結局は良かった、というようなものだ。

もちろん年齢層がやや下の層が通う学習塾ができることには限界があるかもしれない。

私なりに納得してできれば本望だ。

 

私はこれまでに旧制高校についての資料は世に出ているものの大方は集めて研究してきた。ライフワークと呼べるものかもしれない。

資料や回想録などの一次資料、文学作品、研究者による評論集。一次資料は図書館の保管庫奥深くに眠り、二次資料としての回想録や編集された書籍でさえも廃刊になっている。

古書店をあたるしかないような状況だ。

平成も終わる今日、旧制高校の貴重な遺産はまるで砂漠に飲み込まれる前のかつて繁栄したオアシスの跡のようだ。

 

旧制高校は明治時代に、帝国大学に学生を送るための「予科」という位置づけで発足した。

明治時代に開校したのはいわゆるナンバースクールで東京の第一高等学校から始まり名古屋の第八高等学校まで設立された。

大正時代からは地域の名前がついた。非常に狭き門で同学年の1%くらいの進学率だから相当なエリート教育になる。

現存で高等学校の校舎がしっかり残っているのは、空襲がなかった長野県松本市にあった旧制松本高等学校くらいだ。今は全国でも珍しい「旧制高等学校記念館」となっている。

 

旧制高校の特異な点が一つあった。

旧制高校に入るまでには、旧制中学校(現在の高校に相当)の受験を経て、旧制高校の苛烈な受験が待っているが、旧制高校に入りさえすれば、ほぼ帝国大学への進学が約束された。卒業時点で受験や就職というものがない教育機関は唯一旧制高校だけだった。

だから高校3年間は必然自由度が増す。

この自由さが独特な旧制高校文化に発展する。

さすがに明治時代は立身出世の気風があったが、大正時代にはいると大正デモクラシー、大正教養主義の波に乗る。

全寮制だったから学生による自治制が取られた。

自治会がすべてを取り仕切ったので、あらゆる機関の干渉を排除した。

時には横暴な校長を反対運動で排斥したり、地元の警察の介入を許さないくらいの力は持っていた。

この点は学内に学生牢を持っていたドイツのハイデルベルク大学のような自治制度に似ている。

 

アルバイトという言葉はこの旧制高校の学生言葉から来ている。

ドイツ語で、albite=「働く」という意味。

ちなみに「留年する」ことを「ドっぺる」と言った。ドイツ語で、doppel=「二重」。

戦後は英語の影響からか「ダブる」になった。

 

旧制高校にはそれぞれ独自の校風を誇った。

一高(東京)は「自治」

二高(仙台)は「雄大剛健」(質実剛健ではないところが東北らしい)

三高(京都)は「自由」

四高(金沢)は「超然」

 

今、こんな標語を掲げている学校はどこにもないだろう。

作家の三浦朱門は「旧制高校は大日本帝国の贅沢品」と言った。

 

文系も理系も共通して教養的な語学教育に力を入れた。どの学生も第二外国語まで学習する。

今の大学で言えば、大学1~2年で行われる教養課程に相当する。しかしレベルは全然違う。

原書主義を取り、いきなりドイツ語でゲーテなどを読ませる。

こうした教育はヨーロッパの伝統に似ている。

基礎教養の学問中心なので、古典が多い。それが良かった。純粋な学問を探求することができた。

 

旧制中学までは集団主義と根性主義の教育だったのに、旧制高校に入ると一転、入学式で校長から「感激なき人生は空虚なり」(旧制高知高校の例)などのような訓話から深遠な哲学がいきなり入って来る。学生も驚いたことだろう。

指導方針はすべて教授に任せられていたから、自由に授業した。学問の自由が守られていたのだ。

だから、今のように経済合理性での学問という事ではなかった。

すぐには役に立たないことが、後々役に立つ。

すぐに役に立つことは、すぐに役に立たなくなる。

 

旧制高校で教えられた教科の中の「哲学」や「倫理」はごっそり戦後教育に抜け落ちてしまっている。

これらの教科は物事を考えるうえで非常に重要だ。

今後ますます必要になる。現在の中学、高校生にはまさに必要な教科ではないだろうか。

 

旧制高校は戦後1948年まで続いたが、GHQの戦後改革であえなく閉鎖された。

少数のエリート主義の弊害が問題だったかもしれない。

しかし、基礎教養である哲学分野や古典などの教科が軽視されたのは残念だった。GHQの政策で誤りだったのは旧制高校をつぶしたことだ。

それでも戦後も雰囲気は残ったが、1970年には完全になくなったと思う。

 

2020年に教育改革が始まる。アクティブ・ラーニングの導入や大学入試問題の変革など取りざたされている。

私はこの動きは教養主義の復権だと考えている。アクティブ・ラーニングを成立させるには、基本となる論理学を学んでおく必要がある。

授業者も文系理系の壁を取り払い、基礎教養を意識した総合知が問われると思う。

 

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