こんな話  2017年11月24日|金曜日

話芸の神髄 フラがある人

私が以前勤めていた塾で、一校舎の責任者になって7年ほど経った頃の思い出。

塾講師として、奇跡のような合格も、厳しいお叱りをいただいたことも、子どもたちと一丸となって入試に向かったことも、全く子どもたちに気持ちが届かなかったことも、一通り経験した頃。

 

私は自分の授業に限界を感じていた。どうしても打ち破れない見えない壁が立ちふさがった。言葉が薄いのだ。発した言葉が空気に消えていく。

ある程度の授業はできる。しかし、どうしても納得がいかない。子どもたちを乗せようと無理に上機嫌で授業をしてしまったり、妙にくだけた感じになってしまったり、逆に緊張を強いるような授業をしてしまったり。とにかく限界を感じていた。他人からは分からないようにふるまっていたが、内面は悩んでいた。

次第に塾の授業そのものに疑念を抱くようになった。最終的にはテストや入試で良い結果を出せばいいのであるから、理想の授業というものにそもそも何の価値があるのか、ということまで考えるようになった。

 

そんなある日、たまたま落語のCDを手にした。それまで、落語には親しんでいたものの意識して自ら聴くことはなかった。その時はむしろ気を休める娯楽として落語に入ったのだと思う。

最初は面白いという程度であったが、次第にこれは授業のヒントになるのではないかと考えるようになった。授業も話芸の一つである。落語は江戸時代からの話芸の伝統芸能である。ヒントがあるに違いない。

そこから、手当たり次第に落語のCDを聴き始めた。まずは昭和の名人と呼ばれる人たちの歴史的音源に触れた。古今亭志ん生、三遊亭圓生、柳家小さんなど一通りは聴き込んだ。その中でも、三代目三遊亭金馬の落語は非常に勉強になった。金馬は大正時代から活躍してきた名人で、早くからレコード音源に吹き込み、ラジオでも大人気の昭和の大名人だった。何よりも聴きやすい。入門編としては最適だ。

その中でも金馬の十八番である「居酒屋」と「目黒のさんま」は何回聴いたか分からない。

冒頭の枕から始まる小話と本題が絶妙にリンクしており、聴衆に最大限イメージを広げる作用がある。

また、冒頭のイメージを喚起するややゆっくりのテンポと後半からの尻上がりの速いテンポは、まるでジャズのドラムの名手のような絶妙なタイム感がある。それがすべて計算され尽くしているし、無駄がない。言葉一つ一つが伏線とそれの回収であり、すべての言葉が有機的に結びついて、あたかもバッハのバロック音楽のようでもある。しかも硬直化した建造物ではなく、五重塔のようなしなやかさを併せ持つ柔軟な言葉の世界である。

私は日本語の伝統的な話芸に敬意を抱いた。そして、それを自分の授業に取り入れたいと思った。と、言っても急に落語の名人になれるわけではない。まずは話の「間」に着目した。「間」はそれ自体、日本文化の神髄だから、一言では語れない巨大な山脈だ。しかし少しでも私は話芸を取り入れたかったので、名人たちの間を真似することにした。

 

そのうち、生の落語に触れたいと思うようになった。毎週1回何とか休みを捻出して、新幹線で午前の速い便に乗り名古屋から東京へ通う事にした。帰りは決まって名古屋行きの最終に乗った。新宿末廣亭をはじめ浅草演芸ホールや池袋演芸場、上野鈴本演芸場、上野広小路亭などの寄席に通い出したのだ。寄席のトリが終わると、すぐ東京駅に向かえば最終のぞみ号に乗れた。いつも最終を待つ夜の東京駅のホームから見ていた丸の内高層ビル群が、今でも記憶に残る。寄席は一回料金を払えば一日中居られる。だから昼から夜のトリまでずっといればかなりの噺家の話が聴ける。ただし、ずっと座っていると腰や尻が痛くなる。これは苦行に近いものだった。

 

地元名古屋にもホール寄席で名人会が開かれることがある。

名古屋は関東関西の真ん中だから、東の江戸落語と西の上方落語の両方の名人会というものもある。

ある時、桂米朝と柳家小三治を含む東西落語名人会というのがあった。これを聴くことができたのは貴重な体験だったと思う。

小三治が舞台に上がった瞬間、大ホールの空気が一変したことを肌で感じた。確かに空気が変わったのだ。ホールの中の時間の流れがそれまでと全く違う独特な感じになった。これが話芸の神髄なのか。

 

愛知県江南市に桂文枝が来た時も同じだった。私は一番前で見ることができたが、文枝の一言一言がまるで空間のゆらぎのように感じた。

2人の名人に共通した独特な空気感は、何か身を任せても心地良いような温もりのある、ずっと聞いていたい感覚だった。これはLIVEでしか味わえない体験だった。

 

噺家の方の言葉で、「フラがある」というものがある。あの人はフラがある、というと最大級の誉め言葉となる。「フラ」を一言で説明するのは難しい。

古今亭志ん生のような噺家を指すと思われる。つまり、そこにいるだけで、ふっと可笑しみがわき起こるような人を指す。私なりに解釈すれば、その可笑しみというものには、自然と笑みがこぼれるものもあれば、哀しみを感じさせるものもある。両方兼ね備えている複合的な可笑しみだと捉えている。

 

立川談志には間に合わなかった。じかに見ておきたかった。でも、談志の落語論、芸論はむさぼるように読んだ。

落語を素人でも分かりやすく論じた噺家は、立川談志と桂枝雀。

話芸を理論化してくれた。

 

「業の肯定」

「緊張の緩和」

 

すばらしい世界があるのだと教えてくれた。

 

話芸はせいぜい数年ではたどり着けない、もっとはるか彼方にある特別な領域がある。私はそれを知っただけでも幸せだと思う。

いつの日かその領域にたどり着くことを願っている。

 

 

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