本の紹介  2019年8月17日|土曜日

『深夜特急Ⅰ 香港・マカオ編』古き良き自由香港のおもかげ

(Photo-by-Dan-Freeman-on-Unsplash)

 

 

古き良き時代の自由香港が味わえる本。

教養堂の棚からひとつかみ、今回はこちら。

 

『深夜特急Ⅰ 香港・マカオ編』 沢木耕太郎 著  新潮文庫

 

深夜特急

インドのデリーからイギリスのロンドンまでを、バスのみで貧乏旅行する若者の旅行記の第1弾 香港・マカオ編です。

1986年に初版刊行。

 

若者の放浪の旅を描いた本として、五木寛之の「青年は荒野をめざす」と「深夜特急」は双璧です。

さらに「深夜特急」のアイデアから、1996年にテレビ番組「進め!電波少年」に取り上げられ、無名の芸人コンビ「猿岩石」が、このルートをヒッチハイクで辿るコーナーが人気を博しました。

その時の若手芸人の一人が今の有吉弘行さんなんですけれども。

 

この「深夜特急」は、現行の文庫本で全6巻の長編小説(ビルドゥングスロマン)ですが、

単体で何巻目から読んでも楽しめます。

しかしながらこの第1巻は秀逸です。

 

いきなり、インドのデリーの安宿で、ほぼ廃人状態の主人公の自問から始まるという衝撃の冒頭で始まります。

そこから回想として、どうしてこの旅が始まったのか、日本出発からのシーンが語られます。

ユーラシア大陸をバスで横断する旅の初めが、香港・マカオです。

おそらく1970年代の、ブルース・リーが映画で活躍した頃の、いわゆる熱気でむせ返るくらいの猥雑な雰囲気の香港が描写されます。

 

 

(Photo-by-Dan-Freeman-on-Unsplash)

 

 

香港滞在の思い出

私は学生の頃にこの本を読んでから、ずっと香港に行きたい行きたいと思うようになって、ようやく2002年に行くことができました。

すでに香港は1997年7月に、イギリス領から中国へ返還されていました。

それでも2002年頃は、自由の雰囲気が街のそこかしこにありました。

 

ただの観光というより、香港の街に住んでみたいと思い、滞在型の旅行にしました。

そこで10日間ずっと安宿に泊まりました。

九竜半島の突端の繁華街「尖沙咀」(チムサーチョイ)のメインストリート「彌敦道」(ネイザンロード)沿いにあるひときわ大きな雑居ビル。

この小説でも主人公が泊まった、「重慶大厦」(チョンキンマンション)でした。

1泊1500円くらいで、最上階あたりの、火災が起きたらまず危ないな、というような部屋でした。

部屋はほぼベッドしかありませんでしたが、小ぎれいでただ寝るだけの部屋としては十分。

1階の両替ショップや小売店の所には、アフリカ系の人やインド系の人がわんさかいて、ここはどこの国だろうというくらい無国籍な雰囲気でした。

 

香港の良い所は、自分がどの国の人であれ、溶け込めるような、良い意味での距離感があることだと思います。

二階建ての路面電車で行き先も決めずボーと乗って、気に入ったところで降りてみたり、夜市をひやかしで巡ったり。

急なにわか雨でも、雨宿りしていたらやがて止みます。

たまにその残りの雫が、晴れていてもビルの樋を伝って頭上に落ちてきます。

 

24時間眠らない街なので、昼も夜もふらっと歩けます。

中国返還されたとはいえ、北京政府は「一国二制度」を2047年までは守るとし、自由香港都市という雰囲気はすごくありました。

 

(Photo-by-SHUJA-OFFICIAL-on-Unsplash)

 

 

 

香港デモ

1989年に北京の天安門広場で民主化を叫ぶ学生デモが戦車によって潰されようとも、チベットで弾圧があっても、香港は香港であり続け、政治とは無関係でした。

しかし2010年代に入り香港の様相が変わり始めました。

2014年の香港の民主化を求める「雨傘運動」。

そして今年2019年の「逃亡犯条例改正案」による全面撤回を望む民主化運動が起きました。

この改正案が通ると、香港の自治権、自由権が著しく侵害されるとされています。

 

香港では同じ中国語でも、「広東語」が主流です。

しかし今は学校の義務教育では、「北京語」を教えています。

徐々に香港の文化が中国本土に溶け始めています。

政府に批判的な作家が抑圧を受けたりすることもありました。

 

今、学生を中心として100万人、200万人規模の反対デモが起こっています。

この8月では、香港警察と学生デモの対立が激化しており緊迫状態が続いています。

報道やツイッターを見ると、反対派のデモの多くが10代20代前半の若者たちが中心です。

15歳くらいの子から参加しているようです。

先週、香港警察が撃ったビーンバック弾によって右目を失明した女性は、救護活動をしていた10代の子でした。

催涙ガスを避けるためにデモ側は香港国際空港に集結したりして、国際世論に訴えています。

 

中国に返還された1997年以降に生まれた世代は、最年長で22歳。

それより以前に生まれた人は、中国とイギリス両方のパスポートがあります。

若い世代には、中国国籍のパスポートしかありません。

富裕層や年長者のように、香港を見限りイギリス連邦諸国に移住することもできないので、若者は自分たちの力で未来の自由を守るしかないのです。

 

現在のデモ側には明確なリーダーが表に出て来ません。

あえてリーダーを出さず、一つの香港市民というかたまりを表現しているようにも思えます。

若いデモの参加者は黒いシャツを着ていることが目印です。報道を見ても決して暴徒ではなく、自由を求める運動です。

 

そして、彼らの合言葉が、『Be water.』。

ブルース・リーの言葉ですね。老子、荘子に通ずる無為自然の思想が流れているようです。

 

 

 

Empty your mind, be formless, shapeless, like water.

心を空にしろ。形をなくし、型を捨てろ。水のように。

 

Now you put water into a cup, it becomes the cup,

水はカップに入れたら、カップに、

 

you put water into a bottle, it becomes the bottle,

ビンに入れたら、ビンに、

 

you put it in a teapot, it becomes the teapot.

ティーポットに入れたら、ティーポットに。

 

Now water can flow or it can crash.

そして水は流れることも、分散することもできる。

 

Be water, my friend.

友よ、水になれ。

 

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