こんな話  2017年11月24日|金曜日

私が考える教養人

私が考える教養人の一人にクラウス・フォン・シュタウフェンベルク伯爵がいる。

彼は、第2次世界大戦時のドイツ陸軍のエリートだったが、1944年7月21日に反ナチス抵抗運動のリーダーとして、ヒトラー暗殺計画を立案、ドイツを変えようとしたが失敗。処刑された。

私はクーデターには犠牲者も出るし民間人も巻き添えになるので否定的だが、あのナチス政権下で自分の身を賭けて抵抗運動を組織したというのは、人間として尊敬に値することだと考える。

このクーデター計画は「ワルキューレ作戦」と名付けられ、数えきれないヒトラー暗殺計画の中では最大規模のものだ。

彼には妻とまだ幼い子どもたち3人がいたというのに、なぜそんな行動力を持ちえたか、とても興味を持った。実際、事件発覚後、家族はすぐ逮捕され強制収容所で終戦を迎えた。

トム・クルーズ主演で映画「ワルキューレ」も作られた。この映画は私も何度となく見た。しかし一点惜しいのは、少年期の頃が描かれていない点だ。このような決死の行動力には絶対に10代の頃に触れた何かがあるに違いない。私は教育者のはしくれとして直感的に確信した。

 

はたして調べてみるとやはりあった。

シュタウフェンベルクは10代の頃、バイエルンの古城で過ごしたが、その頃に詩人シュテファン・ゲオルゲという人に文学や芸術などロマン主義と呼ばれる教養を学んだ。私はこのロマン主義の伝統を引くドイツの教養文化が、彼の信条に影響を与えたと考えている。ゲオルゲ自身、ナチス政権に批判的でドイツを捨ててスイスに移住している。

 

もう一つ、教養人とはこうだと思う人たちがいる。

日本では、1945年8月15日に玉音放送があり、日本の陸軍海軍には停戦指令が出た。東京の大本営という中央からの指令は、ただちに戦闘状態を解かなければならない。

その際、瀬戸内海のある本土守備隊の中には徹底抗戦を呼びかける将校と、停戦命令に従わなければならないとする将校に分かれた所があった。(NHKスペシャルによる。)

徹底抗戦派の将校たちは陸軍士官学校卒などの生粋の軍人たちが多かった。

ひるがえって、停戦に従うグループは、戦争悪化のために召集された学徒出陣で将校になった人達だった。

この人達は大正デモクラシーの自由な雰囲気で多感な10代を送り、高等教育では今と比べ物にならないくらいの教養を身につけていた知識階級でもあった。だから日本が敗戦した事実から、瞬時に思考を未来の日本に進めることができた。停戦命令をすぐ受け入れ、軍の法体系を私的に解釈しなかった。そして、敗戦後の日本の建設にいち早く思考をめぐらせた。反対に、まだ負けてはいないので戦うべしという徹底抗戦派には現実を受け入れられない偏狭的な思考しか持たなかった。

 

お気づきかと思うが、2人の教養人は国家に対して全く違う行動を取っている。

シュタウフェンベルク伯爵の場合、クーデターという超法規的行動に出ている。日本の停戦派の人たちの場合は法の遵守を徹底している。

私は、人類が営々と築き上げてきた良質なものは、時の時代性をも凌駕するものだと捉えている。だから、時には時代が教養や知性に反することがあれば、その時こそ知性を生かす時だと考える。だから、良質な知や教養を身につけなければいけないと考えている。

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