こんな話  2017年11月24日|金曜日

生物経済学

塾には集団指導塾の他に個別指導塾もある。

ここ15年くらい個別指導塾がかなり増加した。

 

かつて、私も個別指導部門の立ち上げに関わったことがある。

新たな個別指導塾を作るにあたり、私は新規校舎の候補物件探しを担当した。もちろん校舎責任者と兼任だったので、昼間は物件探し、夜は校舎で授業という二つの業務を両立させていた。私にとっては苦ではなく、むしろ新たな土地に新しい校舎を作るという創造的な仕事が新鮮で楽しかった。どこまでも楽観主義なのが取り柄でもある。

 

子どもたちや保護者の目線に立って、どんな物件が良いのかリサーチを重ね、時には街を散歩した。ある地域の半径15キロ圏内の一押しの場所をリストアップしてその都度上司に提案した。

私が推薦した候補地は時期尚早ということでほとんどが却下された。

 

その後5年間で私がリストアップした候補地はいずれも別の他塾がそれぞれもれなく開校していた。違う業種ではなく塾が入っていた。

やはりいい場所はみんなが目をつけるのだと思うと同時に、自分のリサーチは間違っていなかったと自負した。

 

私は学生時代に2度ヨーロッパを旅したことがある。

1度目はオーストリア、ウィーン大学のドイツ語セミナーに参加してウィーンに2か月あまり滞在した。その間ウィーンの街はくまなく散策した。だから19世紀末のウィーンの芸術文化にはかなり影響された。アール・ヌーボー、オットー・ワーグナー、グスタフ・クリムト、エゴン・シーレ、そしてウィーンのカフェ文化。

2度目は完全に放浪の旅で、イタリア、オーストリア、ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、ウクライナとヨーロッパの東を深く分け入った。1990年代は東欧の社会主義体制が倒れ激動の時代だった。ユーゴスラビアで内戦が始まっていたのもこの頃だった。ハンガリーのブダペストでは私と同い年の学生がユーゴから戦火を逃れて亡命していてユースホステルでボランティア活動をしていた。

この2回の旅で肌に感じたのはヨーロッパの文化の底力だった。どんなに田舎へ行っても、しっかりとした街道があり、広場と教会を中心に都市と田園が整然とされている。住所は理路整然としてそれは数学の証明のように分かりやすかった。私は日本との都市計画思考の差に愕然とした。

 

日本は無秩序に街が発展する。個人や企業の思惑を優先し、街全体をコントロールしていく発想に欠ける。一方ヨーロッパは全体の論理構成を重視する。だから、神や王の視点でグランドデザインをしてから細部を構築する。全体を優先する代わりに細部は大胆に切り落とすかもしれない。日本は細部から積み上げる。だから誰も全体を把握していないし、把握しようともしない。出来上がって初めて自らの意志を感じる。どちらも下手を打てば、前者はファシズムになり、後者は無責任体制として出現する。

 

候補地探しをしていた時に私は日本の街づくりが、いかに無秩序に発展したかに辟易させられた。

ある街では、どうしてこんなにも自動車で走りにくいのか理解に苦しんだ。

ある時、その街の役所を起点に考えてみた。役所を中心にするととても交通の便が良いのに気づいた。その街では役所の視点に立った街づくりを戦後からずっと営まれてきたと考えた。

 

交通量の多い国道のバイパスには全国チェーンのおなじみの店がどこでもあった。

そこから一本入ると1,2車線の県道がある。ここには学校やスーパーなどより生活に密着したものが多かった。

さらに一本入ると、市町村道となり、こちらには郵便局や公民館、そして神社や寺などが多かった。

 

バイパスはバブル時代以降に発展、県道は戦後から高度経済成長期に発展、市町村道は戦前、もっといえば、江戸時代からの街道の名残もある。

無秩序に見えて、実はある一定の秩序で日本の街は発展してきたことが分かる。

 

これは生物学に近いのではないかと私は考えた。だから生物経済学という視点から考察しても良いと思う。

たとえば、セミには13年とか17年などの素数の周期で地上から出てくる。無秩序に見えて実はある秩序がある。

 

日本の街づくりはヨーロッパの論理的な思考ではなく生物学的な秩序でみると、非常に人間らしいとも考えられる。

人間らしい営みに立った街には、やはり人間味のある生活があるのかもしれない。

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