こんな話  2018年2月24日|土曜日

冬季五輪カーリング女子の健闘から

2017年8月北海道にて。網走から常呂町に行く途中の霧の道。

 

 

 

Ⅰ カーリング女子日本代表チームのリーダー、本橋選手にエール。

 

先日の2018 冬期オリンピック平昌大会の「カーリング女子」の試合をTVで拝見。

 

日本代表選手のチームはカーリングで有名な北海道の常呂(ところ)町出身の方で構成されたロコ・ソラーレのチーム。

8年前に、自ら独立して自力で地元にチームを作ったリーダーの本橋選手を私は本当に尊敬する。

 

「カーリングの聖地と言われながらも、なぜこの町に世界を目指すチームがないのか。だったら自分で作ろうと思った。」

 

名門チームの一員であることだけが夢をかなえることではない。

自分がいるべき場所を自ら創造する。

そんな夢がある人はどこへ行っても強い。

 

それまで勤めていたチームを辞め、自分の力を信じて理想のチームを作る。

既存のチームから離れ、全く新しいチームを作るとなると、中傷や妨害とまではいかなくても心外な言葉をかけられることもあっただろう。

以前のチームや所属会社から離れる不安、後ろめたさ、安定的な生活から一転、自分の力だけを頼りに過ごす日々、自分の理想の追求、そして生きているという充実した実感。

 

それまでのしがらみを抜け、新しいことを始める時、全面的に賛成して応援してくれる人や、それまでと変わらずに接してくれる人は少ない。

 

スポンサー探し、資金集めから練習場の確保、選手集め、広報活動、マネージメント、などなど、表面では伺い知れないことがたくさんあったはずだ。

そして自らは裏方に徹し、プロデューサーとしてチームをオリンピックに導く。

 

さらに彼女の場合、出産、子育ても両立している。これは並みの精神力ではできない。

私は彼女にRockを感じる。

 

 

 

Ⅱ ところで常呂町と言えば

 

「常呂町」と言えば、

私にとっては何といっても旧石器時代から縄文文化、擦文文化、オホーツク文化、アイヌ文化と連綿と続く遺跡の数々。

なかでもシベリア大陸から樺太を通って、氷の上を歩いてやって来た、北の民、それが謎のオホーツク人。

忽然と現れ、忽然と姿を消した、謎の北方民族。

オホーツク海沿岸の穏やかな土地に残した大量の土器や貝塚、住居跡しか手がかりがない。

 

北海道の歴史で言えば、縄文人とアイヌ民族を結ぶ長い空白期にいたとされる。

私も2017年夏にバイク旅行の途上で、この町の常呂遺跡を見学した。

授業の一環の資料として画像に残したが、大量の資料がありすぎてコンプリートするのはあきらめた。

 

 

 

こちらの「首飾り」はめまいがするほど、すばらしい。

 

なぜ、「常呂町」に旧石器時代からの各時代の重要な遺跡がこれだけも集中しているのか。

これは、実際に行ってみると分かる。

 

私はバイクで、世界自然遺産の「知床半島」から南下して網走に入り、網走から2時間ほどで常呂町に入った。

この時、真夏であったが、知床では完全に寒さと冷たい雨にやられ、泥だらけになった。

網走でも早朝は濃い霧で、感覚的には12月頃の寒さだった。

 

網走を抜けて、能取湖に入った時、急に霧が晴れ、温かいおだやかな日差しが入って来た。

ここでバイク用のカッパを脱いだ。知床以来3日ぶりだった。

能取湖の水面はしずかで、別天地のようだった。

となりのサロマ湖と能取湖の間が「常呂町」である。

 

包み込むような陽ざしと豊かで静かに流れる常呂川、能取湖、サロマ湖、そして広いオホーツク海、見下ろす小高い丘。

オホーツク海沿岸ではこれ以上にない好条件がそろっている。

旧石器人、新石器人、縄文人、オホーツク人、アイヌ人、そして現代の日本人がこのすばらしい土地を放っておくはずがない。

 

その証拠に、ここにはたくさんの「貝塚」がある。

ここからは、びっくりするぐらいの沢山の種類の魚介類、カキ、ホタテ、サケ、マスの食べた後が出土している。

 

もうしっかり食べている古代人。

しかも高級食材。

養殖ものではなく、天然物。

(当たり前か)

 

ぷりぷりの生ガキとか、ホタテとか。

これだけの食材を料理屋で食べたら、今ならどれくらい払うことになるやら。

今に比べ、絶対的に水や空気がきれいだから、今以上に旨かっただろう。

 

食材に限って言えば、現代人よりはるかに豊かな暮らしをしていた気がする。

 

 

 

Ⅲ 伝統的な合議の進め方

 

カーリングは4人組でチームを組んでいるが、いつも話し合ったりコミュニ―ションを取っているのが印象的。

私は、このカーリングは4人の合議制で進んでいく知的な戦略ゲームでとても面白いと感じた。

大事な局面になると4人が集まり、

 

「どーかな?」

「あーだね」

「こーだね」

……

「そだねー(^^」×4

 

全会一致の合議制は伝統的な日本人の物事の決め方である。

相撲の行事の軍配に不服な時、「物言い」として、はかま姿の元力士の勝負審判が集まって、今の取り組みの見解を短時間で合議するのに似ている。

 

日本代表チームは短い時間で4人それぞれが見解を持って論を進め、たちどころに意見のすり合わせを行って戦術を練っていく。しかも不測の事態に備え、プランB、Cなど2つ3つと用意しておく。

最後の「そだねー」で意見の合意を簡潔な様式と化し、さらに次へのアクションの号令ともなっている。(と、勝手に思う。)

3人だと意見が偏るかもしれない。5人だとまとまらない。4人というのが絶妙な人数かもしれない。

 

 

 

Ⅳ 女子の理想的なグループ人数とは?

 

次に「女子4人組」を論じていきたい。

塾講師として女子の仲良し組というのを本当に数限りなく見てきた。

 

中には大人になっても変わらず仲良しという子たちもいる。

あれ?あんなに仲が良かったのに、どうした?

という青天の霹靂という局面もあった。

 

ということで女子のグループは何人が理想的か、ということだが、戦後からの女性アーティストで見ていきたい。

 

2人組(デュオ)

ザ・ピーナツ  (こちらは姉妹でしたね。)

ピンク・レディ

あみん

Wink

クラッシュギャルズ (たしかアイドルだった気がする)

PUFFY

Kiroro

 

3人組(トリオ)

キャンディーズ

わらべ

シュガー 

Perfume

 

4人組(カルテット)

SPEED

ネーネーズ (私の中ではある意味アイドルです!)

 

5人組(クインテット)

プリンセス・プリンセス (80年代ガールズバンドの草分け)

モーニング娘。(第一期)

ももいろクローバーZ (5人→4人)

 

6人組以上は割愛。選定については筆者の情報量の限界でご勘弁を。

 

さて、2人組は2人の個性が際立つ。役割分担もある。ただし、この役割分担から逆に個性をつぶす結果になるかもしれない。

3人組は何よりも、あやういバランスが逆にアイドルとしては魅力になる。一人が突出するとグループは崩壊する。

三権分立ではないが、抑制と均衡が大事になる。

ちょっと息苦しいか。

「三すくみ」という言葉もある。

 

そして、売れたグループで4人組のアイドルの数は意外にも少ないように思う。今回私が挙げた2つのグループは奇しくも沖縄出身。安定したハーモニーを奏でる気がする。

4人組は統制された何かを感じることはなく、それぞれの個性がはた目にも分かる。それぞれ自由な感じがする。

3人組よりも4人組の方が、安定感があると思うのは私だけだろうか。

 

5人組となると、1+4人、2+3人などの小グループからの構成になるグループになるかもしれない。

江戸幕府は百姓の管理に「五人組制度」を設けていたが。

 

個人的に言えば、4人組の仲良しグループというのは、ゆるやかなつながりで無理なく長期間持続する結束があるように思う。

もちろんその中で2+2となったり、1+3になることもあるが。

 

学校の班行動ではそれぞれ男女3人組の6人で一班が多い。

これを男女4人組の8人で一班にしたらどうなるだろうか。

 

機会があれば男子のグループも論じてみたい。

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