本の紹介  2019年11月28日|木曜日

『ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険』 NHKドキュメンタリー番組から

 

知っている。

知っているぞ。

「彼」を知っている。

何人も知っているし、何人も会ってきた。

塾講師としては、これまでに何人も「彼」を教えたことがある。

 

笠置シヅ子と植木等を研究している子がいたな。

旧日本海軍の艦隊のすべての艦名を言える子もいたな。

鉄ちゃんはもう何人も。話についていくために勉強もした。

 

そう、「彼」は決して多くはないが必ずいる。

どこの小学校にも、どこの中学校にも。

程度や熱量の差こそあれ、その「系」の子たちはいる。

 

だから、泣けてくる。

そして大人になった今、彼を取り巻く大人たちのやさしいまなざしに、さらに泣けてくる。

時計店のおじさん。

泣ける。

 

そう、クラスでは気づかれないし、分かりあえる友もいないかもしれない。

最初からそうだから、孤独を感じることもない。

でも、底知れぬ無限の知的欲求がマグマのように沈潜している。

だから、彼が「コイツには話が通じる」相手だと認めたら、ドンドン行く。

そこは押しが強い。

他人の目はもう気にしないし、自分の価値観が確立しているんだ。

自分の感性を信じているんだ。

 

「彼」の系譜には、偉大な先輩がいる。

同じ匂いのする偉大な先輩だ。

 

「さかなクン」

まさに。

探求学舎の宝槻先生もおしゃっているように、

「さかなクン」は新時代の新しいヒーロー像の一人。

 

決して陰性キャラではない。

マイナーでもない。

すごい陽性でメジャーな先輩もいるぞ。

 

「みうらじゅん」さん。

 

悶々としていた中学高校時代、ボブ・ディランと吉田拓郎に憧れて、自作のフォークソングを作って、一人でカセットテープに録音していた。

気がついたら、450曲も作っていたのだけれど、発表する相手がいなかった。

自分の部屋で自作の曲をずっと練習していたら、自然とオカンが覚えてしまい、ある日台所でオカンがその曲をハミングしながら料理していたという。

 

後に、「ゆるキャラ」の生みの親となった。

それまでにない新しい価値観を生み出し、地方の活性化にも一役買い、全国にゆるキャラブームが浸透した。

自身の作った造語「ゆるキャラ」はついに広辞苑にも載っているほど。

 

「大瀧詠一」さん。

岩手県に住んでいた幼少期、三沢の基地から流れてくる米軍放送をラジオで聞き始めた。

1950年代から60年代のアメリカンポップス黄金期に、ほぼリアルタイムで聞きまくっていたんだ。

同級生が言うには、少年時代の大瀧詠一さんの家の屋根には、受信するための手作りのアンテナが無数に立ててあって、秘密基地のようだったらしい。

夜通し聞きまくって、エルビス・プレスリー、バディ・ホリーから、セッションミュージシャン、プロデューサーまでビルボード誌を片手に、綿密な研究ノートを作っていたんだ。

 

学費も食費も教科書代も、すべてレコード代に消えていった。

 

「だって優先順位がまずソコだから。」

 

大学生になって東京に出た時、

「君みたいなヤツがいるから」

と友達の紹介で訪ねて行った下宿先。

 

玄関を開けたら、シングル盤の輸入もののレコードジャケットが飾ってあった。

 

「おっ! 『ゲット・トゥゲザー。』」

 

超レア物だった。

 

初めて「対等」に話し合える友を得た瞬間。

その相手が「細野晴臣」さんだったんだ。

それから一緒にバンドを組んで、日本のロックの黎明期に絶大な影響を与えたんだ。

今では考えられないが、それまで日本でも英語で歌われていたロックを、日本語で歌い出したんだ。

当時、猛反発があったが、彼らはロックのビートにうまく日本語を乗せていき、「日本語ロック」を確立した。

 

 

もっと大先輩なら、彼と同じ福岡県出身の方がいらっしゃる。

 

「タモリ」さん。

少年時代にラジオで耳にした外国語放送をマネしていたら、後に四か国語麻雀の密室芸に昇華したぞ。

やがては毎年年末に「徹子の部屋」に出て、黒柳徹子さんを大爆笑させているぞ。

坂道が好きすぎて、日本坂道学会の副会長だ。

それが高じて、冠番組の「ブラタモリ」は、土曜の夜の高視聴率番組になっているぞ。

 

NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談」にでてくる子どもたちで、

「恐竜ガチ勢」と言われる一群の子たちは、みんなそうだ。

恐竜博士の小林快次先生から、

「恐竜好きか?北大(北海道大学)で待っている……。」と猛烈に勧誘されているぞ。

 

 

 

教養堂の棚からひとつかみ、今回はこちら。

 

NHKスペシャル 『ボクの自学ノート~7年間の小さな大冒険』

 

2019年5月1日。

改元の10連休のはざま。

行楽地に出かける観光客の大渋滞のニュースを見た後に、不意にNHK-BS1をつけてみました。

 

リリー・フランキーがつぶやく。

「最後のアナログの子ども……ですね。」

 

黒縁の眼鏡の奥の目がすごく優しい。

自分の子供時代を思い返すように。

 

平成が終わって令和が始まった日に、最後のアナログ少年のドキュメンタリー番組でした。

 

私も思わず、涙をこらえることができなくて。

 

こんな子が、伸び伸びと生き生きと過ごす環境であってほしい、

自分の世界を表現できる場があってほしい、

認めてあげたい、

君のその興味の対象は、世界を救うことにもつながるかもしれないんだって。

もっともっと深く広げていいんだぞって。

 

熱烈に応援します。

教養堂もそういう場でありたいですし。

そういう子を応援する塾でもありたいです。

 

教育分野では私にとって今年一番のドキュメンタリー番組。

いよいよ地上波 NHK総合に登場。

 

 

NHK公式ページ    番組スタッフから  (転載)

この番組の主人公・梅田明日佳(うめだ・あすか)くんの取材を始めて私の脳裏に浮かんだのは昨年、一部で話題となった劇作家・鴻上尚史さんが人生相談の中で述べていた言葉でした。

「『みんなが同じになろう』という『同調圧力』は、日本の宿痾(しゅくあ)です。『宿痾』おどろおどろしい漢字ですね。広辞苑さんによれば『ながい間なおらない病気』です。もう少し正確に言うと、『同調圧力の強さ』と『自尊意識の低さ』が『宿痾』です。(中略)で、この二つがいきなり日本人は世界水準で低いです」
(AERA.dot 連載「鴻上尚史のほがらか人生相談」より)

他の人と「違う」こと。そんな他人とは違う「自分」を大切に思えること──。こうした“当たり前”のことをあまり尊重していないのが私たち日本人であるという指摘。実際、多くの人が、会社や地域で「同調圧力の強さ」を感じているかもしれません。

梅田明日佳くんは、小3~中3までの7年間、自らテーマを見つけ学ぶ「自学」にのめり込んだ少年です。自学は元々、小学校時代に出された自由課題(宿題)でした。ただ、彼は他の子と違い、この取り組みを中学生になっても続けました。学校の成績とは関係なくても…。

なぜ、彼は「自学」を続けたのか。そして、「自学」から何を得たのか──。

周囲から「不思議な子」「謎めいた存在」と思われていた梅田くん。取材を進める中で、もし私が「梅田明日佳くんってどんな子?」と聞かれたらどう答えるだろうかと考えました。

私の答えは、「考えさせられる子」です。ひたむきな彼の姿はもちろん、地域の大人との関わりや彼を取り巻く“社会”の有り様を見ていると、様々な“問い”が浮かんできて否応なく考えさせられてしまうのです。

「学び」とは本来、何なのか?
「伝える」ってどういうこと?
「大人」は、「これからの日本」は、どうあるべきか?

この番組は、2019年5月1日に「BS1スペシャル」で放送され、大きな反響を呼び、今回改めて「NHKスペシャル」で放送されることとなりました。この機会により多くの方にご覧いただけることを願っています。

※番組で取り上げた梅田明日佳くんの作文『ぼくのあしあと 総集編』は、「子どもノンフィクション文学賞」を主催する北九州市立文学館のホームページよりご覧になれます。

(番組ディレクター:佐々木 健一(NHKエデュケーショナル))

 

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